Last Diary

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アグニス その1

暗闇。
土臭い埃と何かの焼けた匂いが漂う。

「ともし火よ…。」
セロンの声に従い指先に光が灯る。
闇に浮かぶ顔。
青い鎧の黒髪の男。
指先の光を掲げる。
周囲は崩れた壁。
散らばった岩石。
光に照らされ奇妙な影が周囲に伸びる。
「あと…、何人残っている?」
小石の音。
弱気そうな顔が明かりに照らされる。
「セロン様、ぼ、僕は大丈夫です。」
「ヴァーレクか。」
背後の通路から一人立ち上がった。
「ハルムートだ、隊長はどうした…?」
頭から血を流すのを押さえながら赤髪の男が近寄ってくる。
「アルマ…、アルマ・マリアです。」
さらに暗がりからもう一人出てきた。
「どうやら完全にはめられたようね…。」
周囲に目をやると岩に頭部をつぶされた者。
壁に叩き付けられた者。
動かない仲間達の姿が見えた。
「これだけ…か…。」セロンが呟く。
重苦しい沈黙。
這いずり回る虫の足音も聞こえそうに静かだった。
「…これからどうするんだ?」ハルトムートが言う。
「隊長ならそこにいたわ…、体半分なかったけどね。」アルマが言う。
「ひ…。」 ヴァーレクが呻く。
「どうします?副長殿?」ハルトムートが投げやりに言う。
「とりあえず…、私が指揮をとる…。」セロンは光が点いた手を下ろす。
壁の影が立ち上がるように伸びた。
「ではセロン様、どのようになされるおつもりです?」
突然しゃがれた声が響く。
ハルトムートとアルマが露骨に嫌な顔をする。
通路の向こうから別の灯りを持った人影が歩いてくる。
「私も無事のようでした。」
「アルトゥールさん、無事で良かった。」セロンが言う。
「てめえ、こんなになるのが解ってて突っ込ませたのかよ!」
ハルトムートは飛び出しアルトゥールのむなぐらを掴む。
「解っていれば、このような無駄な消耗をする指示は出さないです。」
アルトゥールの表情は変わらない。
「無駄だと!?」
「ええ、結果としては無駄です。」
「それで貴様は俺たちがやられる間、隠れて見てたって訳か!」ハルトムートは拳を振りあげる。
「やめろ!」セロンがハルトムートの手を後ろから押さえる。
「くそっ!放せ、一発殴らせろ!」暴れるハルトムート。
無表情のまま埃を払いながらアルトゥールは言った。
「我々としても、あれにここまでの事ができるとは計算違いでした。」
「計算違い!?貴様の計算違いで俺たちは死ぬのか?隊長や仲間達は死んだのか!?」
「ええ、残念ながらその通りです、まさか回廊ごと落としてくるとは想定していませんでした。」
「貴様ら魔術師供の尻拭いでやってやってるんだぞ!」
「やめろハルトムート!今言うことじゃない!」
「一度、引いてから…。」ヴァーレクが呟く。
「馬鹿野郎!ここまできて今更尻尾まいて逃げれるか!」今度はハルトムートはヴァーレクを怒鳴る。
「でも…、皆…。」
「うるさい!黙れ!この枯れホウキ。」ハルトムートはセロンに押さえつけられたままで怒鳴る。
「うるさいのはあなたよ!ちょっと静かにして!」アルマが叫ぶ。

沈黙。

「しかし…、ヴァーレクさんの言い分ももっともですね。」アルトゥールは話し始めた。
「現時点でのこちらの戦力は3割まで低下しています、この状況での捕獲は不可能かと思います。」
感情を読み取ることが出来ない面のような表情。
「くそっ!」ハルトムートは唾を地面に吐く。
セロンは少し考えて言った。
「破壊は…、可能だな?」
「いけません!あれは貴重なサンプルです!」アルトゥールは初めて声を強めた。
「今そんなことを言っている場合か!?」ハルトムートが口を挟む。
「我々は、目標の捕獲、不可能な場合は破壊せよと命を受けています。」セロンは答える。
「今、撤退すれば追跡が困難になるわ、犠牲を払ってまで廃城に追い込んだ意味がなくなる…。」アルマが唇を噛みながら立ち上がり、アルトゥールに向かう。
「それとも、もう一つ街を焼き払わせたいの?もうあんな光景はごめんだわ!」
「それでも…、あれは生命創造の貴重な成功例なのですよ。」
「生命なんて私はいくらでも作れるわ!あなたの赤子がどれだけの街を灰にしたの!」
「あなた方ですよ!兵士にしろと無理やり注文を押し付けたのは!」
互いに視線を正面から向け合う。
「もういい!もういい!やめろ!」セロンが割って入る。
「我々は引くわけにはいきません、このまま目標を追跡、破壊します。」
セロンは宣言するように言う。
「増援も見込めない以上、アルトゥールさんにも手伝って頂きます。」
「断る。」即答するアルトゥール。
「アルトゥールさん!」
「私は軍人じゃない、あなたに従う義務はありません。」
アルトゥールは背を向け来た通路に歩き始めた。
「貴様、何を言っているか解っているのか!」ハルトムートが叫ぶ。
「私は魔術師団、第二の夜明けを代表して派遣された者で、使命はアグニスを連れ帰る事です、あなた方に従うことではありません。」
振り返りもせず去るアルトゥール。
「ほっとけ、あんな野郎!」ハルトムートが叫ぶ。
すぐにアルトゥールの灯りが見えなくなった。

予告

第4章 アグニス
遅れ気味
バロックに襲われています。
CFに襲われています。
でも頑張ります。

アリシア その22

「ここまで…、ですか…。」
炎に囲まれて壁にもたれこんでいるルシア。
「耐火のエリクサ…、作っておくべきでしたね…、つっ!」
痛む左肩の傷を押さえるルシア。
「こんなことなら…、無理に矢を抜く必要はありませんでしたね…。」なぜか漏れる笑み。
遠くからルシアを呼ぶ声が聞こえたような気がした。
「エレノア…、さん…。」立ち上がって船が無事かどうかを見ようとする。
が、それも熱と火炎で見ることができない。
「エレノアー…。」ルシアは喉が裂ける位に叫んだ。
が、込み上げる咳にそれさえ邪魔される。
「くそっ…。」ルシアは咳き込みながら屈む。
周囲を焼き尽くされていく轟音。
無意識のうちに少しでも熱を避けようと壁と床の角に顔を押し込んだ。
だがそこへも黒い煙が流れ込んできた。
遠くなる意識。
壁の崩れる音。
ルシアは閉じた目をさらに堅く閉じた。

「…っのか!」声が聞こえた気がした。

「もう死んじまったのか!」男の声。
ルシアは流れ込む冷たい空気を感じた。
慌てて吸い込もうとしてむせ返る。
「なんだ、まだ生きてんのか!」
ルシアが見上げると叩き壊された壁の向こうに大剣を持った大男が立っていた。
「だ…、れ…?」ルシアが顔を上げた瞬間、男は剣を振るう。
ルシアの真上に崩れてきた天井の破片が吹き飛ばされる。
「人の声がしたから来た!助かりたいなら来い!」
ルシアの前に差し出される大きな手
「おま…、え…、は…。」
「俺の名はノヴァ、ジェスカって男の古い知り合いだ!」
ルシアは差し出された男の手を掴んだ。

アリシア その21

赤黒く染まる空。
焼ける臭い。
響く鐘の音。
港湾区と商業区を分ける大通りは人で溢れていた。
逃げてきた者。
集まる野次馬。
叫びながら避難の指示をする警邏官。
その中を駈けぬける一頭の馬。
その勢いに人の海に道が開く。
「止まれー!」アリシアは誰かの叫び声を聞いた。
人の囲いを抜け、警邏官をなぎ払い、ジェスカの隠れ家に着いた。
炎に包まれるジェスカの隠れ家。
周囲の建物より明らかに進んだ延焼、明白な火元。
すでに屋根は崩れ墜ち、壁の一部から柱がむき出しになっていた。
たった数日間の事だが、それなりに居心地の良かった場所。
アリシアは沸き上がる感情を振り切りながら、燃え盛る炎に怯える馬を逃がした。

ルシアに指示された倉庫もすでに火が回っており危険な状態だった。
入り口が開いている。
「ルシアー!」アリシアは叫びながら中に入る。
中は一面の火の海。
「アリシアさん!間に合った。」奥からルシアの声が聞こえる。
アリシアはマントで熱風から顔を守りながら中に入る。
燃えている扉を蹴破ると、そこに海が見えた。
倉庫の奥の壁は引き上げられ、火に照らされた海が赤黒く見えた。
海に突き出ている倉庫の床は海に向かってなだらかな坂となっている。
そしてその坂の上には台車に乗せられた小船があった。
3人程度でいっぱいになる位の小船だった。
「ここです!」 坂の上の火の向こうからルシアの声がする。
ルシアは縄の巻かれた大きな機械を回している。
「ルシア、エレノアは!?」
「船のなかです!これを…、あと少しです!」
「どうすればいい!?」
「船を海に降ろします!今、緩めています!」
小船を乗せた台車がゆっくり坂を下っている。
「手伝う!」アリシアが足元の燃えている角材を蹴飛ばしながら近寄る。
「上!危ない!」
ルシアの叫び声で反射的に伏せる。

轟音。

崩れた天井が小船のすぐ近くに落ちた。
散らばった火の粉が周囲の火勢を強める。
「アリシアさん!エレノアさんはまだ動けません!そちらをお願いします!」
「わかった!」アリシアは小船に引き換えして飛び乗る。
船上にはエレノアがうつぶせで咳き込んでいた。
「エレノア!」
「あ…、アリシアさん。」煙にまかれて咳き込みながら見上げるエレノア。
「ここは位置が高いな。」アリシアはマントで覆う様にエレノアを守る。
「アリシアさん、ごめんなさい…、ごめんなさい、こんな事になって…。」咳ながら何度も何度もかぼそい声で謝るエレノア。
「喋るな、下を向いていろ…、煙を吸い込むぞ。」辛そうなエレノアの背中をさする。
再び崩れる天井。
「ルシア急げ!天井がもたない!」
「一気にやると船が沈みます!」
台車の坂を下る速度が亀のように遅く感じる。

いやな音が聞こえた気がした。

突然体が浮いたような感覚が襲う。
台車が急に勢い良く坂を下りはじめた。
バランスを崩し、両手で船縁にしがみつくアリシア。
台車は床に散らばっている天井の残骸を踏み潰し、砕けながら小船ごと海に突っ込んだ。
派手な水音と衝撃。
まわりの火が激しい音を立てて白い蒸気を吹き上げる。
直後、蒸気に煽られた火は轟音と供に広がり火焔を巻き上げた。
「ルシアー!」
焼け付く風に押された小船が外に向かう。
「あぁ…、ル、ルシア…、さん、ルシアさん!」エレノアは船から這いずりながら身を乗り出して戻ろうとする。
「止めろ!」アリシアはエレノアを押さえ込む。
「ルシアァー!」悲鳴のようなエレノアの叫び。
小船は風に煽られ沖に、沖に流されていく。
「ルシアー!」
少しずつ小さくなっていく倉庫。
アリシアは涙を流しながら暴れるエレノアを押さえ付けていた。

アリシア その20

駆けてくる騎兵。
馬上の人物は目深にフードを被り剣を下段に構えて突っ込んでくる。
馬の突撃を見た周囲の警邏官が慌てて離れる。
アリシアがスカーレットアークを構える。
アリシアがの射程に入る直前、馬上の男は剣を落とし、アリシアに向け手を差し出した。
刹那の逡巡。
アリシアはその手を掴んだ。
「エンシェリカ!」アリシアは鞍にしがみ付きながら呼ぶ。
エンシェリカは跳躍した。
軽々と馬の高さを超え、空中で剣に姿を変えた。
エンシェリカはそのままアリシアの背に張り付いた。
「これは…。」男の驚いた声がする。
馬は囲みを離脱した。

「おまえは、ネティスか。」アリシアは馬の背によじ登りながら聞いた。
「はい…、ネティスです。」男はフードを取った、やわらかい金髪がフードからこぼれる。
「なぜ助けた?あそこで腕でもへし折れば私を倒せたぞ?」
「アリシアさん、私は人を見る目には自信があるつもりです。」ネティスは躊躇いを振り切るように言った。「私には…、今のミランダ様が信じられないのです。」
「私は仲間殺しだぞ…。」アリシアは睨みつけながら言う。
「それでも…、アリシアさんには何か理由があるはずです。」
「思い込みで物を言うなと!」
「これは確信です!」アリシアの声をネティスが遮った。
「…何があった?」アリシアが問う。
「異端者討伐の為、港湾地区を封鎖して検問を敷き…。」ネティスは震える声で言う。「…火を、…放てと。」
「馬鹿な!」アリシアは思わず大声をあげた。「そんなことをすれば大惨事だ!」
「…シュナーベル警邏長も戻られました、失踪の審問を受けていたはずなのですが…。」ネティスは言い淀む。
「…どうした。」
「現在…、ミランダ様の命で火刑の指揮を取られています…。」
「シュナーベルが?!そんな馬鹿な!」
「あの人はそんな命令に従うような人じゃないはずです…。」
「当たり前だ!」
「そうか…。」アリシアは目を閉じて声を盛らした。「今は、敵か…。」
「アリシアさん…。」
「…港に向かう。」
「そんな!港湾地区は危険です!」
「いや、私は…、行かなくてはいけない。」
「アリシアさん…。」
「ネティス、お前はどうするのだ?」
「私は…、戻ります。」
「こんな事をして…、ただじゃすまないぞ。」
「大丈夫です、この馬も落とした剣も共有品です。」
「戻って…、どうする?」
「私はこの件をもっと初めから洗ってみます。」
「危険だ。」
「私はアリシアさんと戦う方がよっぽど危険だと思いますよ。」ネティスは笑って言う。「後ろ暗い事が何も無ければ危険でもなんでもありません、もし在るなら…。」
「在るなら?」
「それはガヤンの名の元に裁くべきでしょう。」
ようやくアリシアの頬は弛んだ。
「さぁ、アリシア様、私を殴り飛ばしてください。」すぐにネティスは真顔に戻った。「あなたと戦ってぶっ飛ばされた事にします。」
「ネティス…。」
「さぁ!」
「すまない!」

打撲音。

ネティスはアリシアに馬上から殴り飛ばされた。
遠ざかっていく蹄の音。
「…いちちちち、…さすがだな。」
荷車に詰まれたワラの山からネティスが頬をさすりながら立ち上がる。
「ありがとう、か…。」ネティスは確かに聞こえた礼の言葉を思い出した。「アリシアさん、ガヤンに誓ってもいい、貴方はシロですよ…。」
ネティスは長い間アリシアの去った道を眺めていた。
夜明が近い深い紫色の空だった。

アリシア その19

アリシアは足元に転がっていた警邏官の頭を蹴り飛ばす。
まだ暖かい血を周囲に撒き散らし首が舞う。
同僚の首をぶつけられた警邏官が悲鳴をあげる。
その隙にアリシアは右にいた警邏官の首を狙う。
首の前半分を大鎌に切り裂かれた警邏官は、自分の身に何が起こったか分からないままの表情で膝から崩れ落ちる。
吹き上がる血柱、笛のような音。
「さようなら、シェゾ。」返り血にまみれたまま優しげな笑顔でアリシアは言う。「次に…、死にたいのは誰だ?」
鎌を大きく振り、警邏官に刄についた血を飛ばす。
崩れる囲み、動揺が走る。
「お、おい、逃げるな。」下がる味方を見た警邏官の首に風がかすめる。「ひぃぃぃぃ!」
皮一枚で大鎌の刃が逸れた。
攻撃を外したアリシアは変わらない笑顔のままで言う。
「スティラ、よそ見は良くないぞ。」
そして大鎌を上段に振り上げる。
「た…、助けて…。」
恐怖に崩れ落ちる警邏官、その一言で周囲の士気は崩壊した。
何かを叫びながら逃げる者、呆然と立ち尽くす者。
ジルセラが必死に叫ぶ。「逃げるな!戦え!」だが、恐怖が蔓延した中ではそれは逆に恐れを煽るだけだった。
「惑うな!それは撹乱だ!」少し離れた位置にいた冷静な警邏官が上官を無視して指示を飛ばす。
何人かの足が止まる。
「行くぞ!続け!」士気を維持する為にアリシアに立ち向かう。

閃光。

スカーレットアークでは吸収出来ない物理的な光。
真昼のような明るさが周囲を焼いた。
「無詠唱でフラッシュ…、シスか!」アリシアの視界が真っ白になった。
アリシアは目が見えないまま攻撃に備え体をかばう体勢をとる。

爆音。

直後に突風がアリシアの髪を散らす。
周囲で上がる悲鳴。
遅れて何か周囲に散らばる音。
苦しそうにうめく声。
「なにっ!?」アリシアは思わず声を漏らした。
続いて少し離れた場所で起こる爆音。
アリシアの目が段々慣れてきた。
まだ色の無い視界でエンシェリカが舞っていた。
剣を振るうたびに閃光が走り、爆発する。
建物の壁が粉砕され、地面に大穴が開く。
「エンシェリカ…。」アリシアは一度目を強く閉じ、大きく開く。
散り散りに逃げ惑う警邏官の中で腰を抜かしている男がいた。
「ジルセラ…。」
「ひ…、あ、あ、アリシア…。」
「なぜ貴様の邪魔をしていたか分かるか?」アリシアは問う。
ジルセラは震えながら首を振る。
「貴様が…、無能だからだ。」アリシアは大鎌をジルセラの首に当てる。
「な…、何故…、貴様に勝てない…。これだけ居て…。」
「弟子は師匠には勝てないものさ、理由を教えてやろうか?」アリシアはジルセラを見下ろしたまま言う。
「訓練の最初に到底敵わないと思わせる一撃を与えているからだ。」
「暗示か…。」ジルセラは悔しそうに言う。
「違う、到達し得ぬ目標だ。」アリシアは続ける。「一度刷り込まれた師弟関係はなかなか覆せない物なのさ。」
「なら、俺が覆す!」横から声が飛ぶ。
「ケイサか…。」アリシアは声の主を見た。
「貴方には色々教わりました、ですが…。」まだ少年の風貌の警邏官は中段にソードブレイカーを構えた。「ですが、貴方は仲間を殺した!」
「そうだな…。」アリシアは表情を苦痛に歪めた。
「蒼穹の疾風、紫電の閃光、風よ、巻き起これ!Dexterity!」ケイサの周囲に蒼い爆風が吹き上げる。「私は貴方を捕らえます!」
ケイサは視界のまだ不安定なアリシアの懐に飛び込んでソードブレイカーで切り上げる。
かろうじて左手の手甲で刃を押さえるアリシア。
ケイサはそのままソードブレイカーを手放し、アリシアの顔面に掌底を打ち込む。
アリシアは打撃を受け顔を仰け反らせながら鎌を落としてケイサの腕を掴んだ、そのまま後ろに飛ぶ。
背中でもろに地面に叩き付けられながらもアリシアは膝を立てケイサの腹にねじ込み、そのまま蹴り飛ばす。
「くっ…。」
アリシアは朦朧としながらもスカーレットアークを拾い立ち上がる。
荒い息を整えながらケイサを見下ろした。
地面に叩きつけられたケイサの腕は奇妙な方向に曲がっていた。
「ケイサ…。」
「ちくしょーーーー!」涙を流しながら叫ぶケイサ。
そこへ、通りの向こうから蹄の音が聞こえてきた。

アリシア その18

路地から警邏官が駆けて来る。
「一緒に逃げないの?」アリシアの背後からエンシェリカが言う。
「街中であの馬に3人は乗れん。」
「ふーん…。」
大きく鎌を振るい刃に付いた血を地面に叩きつけ、中段に振りかぶった形に構える。
大きく息を吸い、止める。
「抵抗するか!」警邏官の怒声。
相手は4人。
ソードブレイカーを構えているのが2人、詠唱しているのが1人。
そしてエンシェリカの方に1人向かった。
アリシアは構えのまま一番左の警邏官に踏み込む。
そのまま左手を緩めて石突で喉を突く。
鎌の刃を警戒していた相手には見えない点での攻撃。
「えぐぉ!」妙な音を立てて倒れる。
一撃を食らった警邏官が倒れるより早く、鎌の柄を右に振る。
同僚に一瞬目が行った真ん中の警邏官の顔面を柄で一撃。
「ぐっ!」
柄を大きく振り上げた形になったアリシアは、その伸びた左手を一気に引いて鎌を振り下ろす。
鈍い砕けるような音。
顔面を跳ね上げられた警邏官を袈裟懸けに切り裂く。
アリシアはそのまま左に1回転し、途中で右手を離した。
視界の外からの一撃。
加速した鎌の刃が右の詠唱していた警邏官の頭部を吹き飛ばす。
喉を掻き毟っていた警邏官はうずくまって痙攣をおこしていた。
「ひ…、ひぃ。」エンシェリカの方へ向かおうとした警邏官は立ち止まり恐怖の眼差しを向ける。

すぐに路地から大勢の警邏官が現れる。
「貴様、アリシアか!」先頭の豪華な鎧を着ている禿頭の男が怒鳴る。
「ジルセラか…。」感情の篭らない声でアリシアは相手の名を呼ぶ。
「貴様が居なくなったおかげでようやくわしも昇進したわい、部隊に居た頃は邪魔ばかりしおって。」笑いながら言う。「そこの女も仲間か、一緒に捕らえろ。」
ジルセラの周りに兵士が集まる、数は15。
路地の奥にもまだ数人いるようであった。
「長物相手だ、数だ、手数で攻めろ!」ジルセラがいやらしい顔で笑う。
警邏官がアリシアとエンシェリカを取り囲むように包囲する。
見知った顔も幾人か混ざっている。
「無駄な犠牲を払うぞ、ジルセラ…。」アリシアは感情を凍らせながら冷たく微笑んだ。
囲んでいる警邏官の何人かが魔法を使っているのを感じた。
だがそれらは効果を発揮することなく深紅の大鎌に吸われていった。
「ダメだ…。」
「くっ、本当に魔法が効かんのか…」
警邏官の中に動揺が走る。
「え、ええい!それがどうした、おとなしく投降しろ、命だけは助けてやる。」ジルセラも動揺しているようだった。
アリシアは静かに1歩踏み出し、再びスカーレットアークを構えた。
「て、抵抗するか…。」
「アリシア。」エンシェリカが場に似合わない声を出す。
「剣は振るわれる為にあるの…。」エンシェリカがアリシアの横に立つ。「自分の意思で行動するのは存在にかかわるんだけど…。」
「何が言いたい?」アリシアはジルセラを睨んだままで言う。
「一度だけ貴方を助けてあげる。私の意志でね。」エンシェリカは自分の本体である剣を抜いた。
アリシアの冷徹な微笑みが少しだけ緩んだ。

アリシア その17

背後から怒声と大勢の足音。
ルシアはエレノアを背負ったまま走り続けていた。
息はとっくにきれている。
自分が何故走っているのかも判らなくなる位に走り続けた。
「居たぞー!」背後からうるさい鎧の音を立てながら追っ手が迫る。
「この、近く…、隠れれる、どこか…。」ルシアは角を曲がり路地に入る。
さらに路地の一番手前の横道に曲がり大通りに出る。
「次の…、近道…。」通りを横切って向かいの路地に入ろうとした時、体に衝撃が走った。
「ぐぁ!。」
左肩に突き刺ささる矢。
その衝撃でルシアは体制を崩し、背中のエレノアの重さに耐え切れず転んだ。
屈み込んだルシアの背からエレノアがずり落ちる。
「へへ、張ってた甲斐があったぜ…、ヤサは割れてるんだよ。」
正面の路地から大男の警邏官が出てきた。
「まあ、大人しく捕まりな。」大男は弦の緩んだクロスボウを捨て腰の剣を抜いた。
遠くから他の警邏官のものであろう怒声、鎧の音、馬の蹄。
「ほら、連中に捕まるともっと痛い目あうぜ。」いやらしい笑みを浮かべながら近寄ってくる。
ルシアはようやく痛みだした左肩を右手でかばう。
そのまま後ろに回した左手で腰のエリクサ入れを探る。
「っつ!」左手の指先に何かが刺さり、ルシアは痛みに思わず声をあげた。「エリクサ…、瓶が割れたか…。」
「さぁ、両手を出せ。」見上げると目の前に近寄った大男が剣を向ける。
馬の蹄の音が近寄ってくる。
「ほら、他の警邏も来たぞ…。」大男が馬の駆けて来る音の方を見た。
「なにっ!」大男が声を上げる。
ルシアも釣られてそちらを見た。
単騎で駆け寄ってくる馬と、馬上の人影。
真っ赤な長髪と、手に持った真紅の半月。
マントをためかせ近寄るそれは寓話の死神を思わせた。
次の瞬間、夜の闇を赤い光が切り裂いた。

鈍い打音。

大男の警邏官の首が宙を舞った。
「ルシア、大丈夫か!」馬から飛び降りるアリシア。
その後ろに乗っていた見知らぬ少女が軽やかに馬から飛び降りる。
「ア、アリシア…、さん。」安心したように息を吐くルシア。
「エレノアは大丈夫か?ジェスカは?、」
「エレノアさんは大丈夫です、ジェスカさんは…、やられました。」
「そう…。」アリシアは唇を噛んだ。「…シュナーベルは?」
「彼は生きていました…、ですが。」ルシアは考えながら言った。「おそらく今は…、敵です。」
「そうか…。」アリシアは静かに言う。
「そっちはどうだ!」すぐ近くの路地から声が聞こえる。
「用意してあった馬車はもう駄目だ、南門も封鎖されていた。」アリシアはエレノアを馬に乗せながら言った。「何処か隠れれる場所に…。」
「隠れ家の7軒隣の倉庫にジェスカさんの船があります。それでルーデンから脱出しましょう。」
「判った、急げ!」アリシアはルシアが馬に乗るのを助ける。
「いたぞー!こっちだ!」路地から警邏官の現われる。
「いけ!」
アリシアは大鎌を持つ。
「アリシアさんは!?」
「早くいけ!」
「くっ!」ルシアは馬に鞭を入れる。

アリシア その16

「お久しぶりね、アリシア。」
「君は…?」
昼間は子供の遊び場になっているであろう小高い丘。
小さな小石に書かれた文字が唯一の目印の墓。
木の傍にそれはひっそりと残っていた。
墓から少し離れた場所の地面が掘り返されていた。
その傍らに立つ少女。
鋭い瞳、膝にも届くような長い黒髪。
「君は…、誰だ?」アリシアは重心をさげ、大鎌に手をかける。
「あら…、アリシア、もうそんなものを持っているのね。」大鎌を見た少女が残念そうに言う。
少女の手に一振りの剣が握られているのを見た。
それは流れる龍の装飾がされた漆黒の小剣。
「エンシェリカ…。」
「ええ、そうよ。」少女は笑みを浮かべる。
「それを渡してもらおう…。」アリシアは大鎌を構える。
「ええ、いいわよ、その為に待っていたんだから。」
「待っていた、…だと?」
「ええ、でも、土の中に埋められるのはゴメンだわ。」
「君は…?」
「さっき貴方が言ったじゃない、私はエンシェリカ。」少女は両手を広げて呆れた素振りをする。
「エンシェリカ、君が剣なのか。」アリシアは驚きを隠せずそう言った。
「なーんだ、判らなかったのね、私はこの剣の意思よ。」
「剣に…、意思があるのか…。」
「失礼ね、その子にもちゃんと意思はあるわよ。」エンシェリカは大鎌を指差す。
「スカーレットアーク…。」
「ええ、私とは相性最悪だけどね!」
「相性?」
「魔力を分解して吸収する混沌の大鎌と、魔力を凝縮する私、方向が逆で力の流れがぶつかるのよね。」エンシェリカはどこかの教師のように人差し指をくるくる回しながら言う。
「…どういうことだ?」
「相性が悪くて同時に扱えないって事。」エンシェリカは残念そうに目を閉じて舌を出す。「それで貴方はもうその子の主なんだから、私は今更その席を奪えないわ。」
「いや…、私はそういうつもりじゃ…。」アリシアが口を挟む。
「貴方に託される事がシュナーベルの望みだったけど、これじゃ無理そうね。」気にせず話し続けるエンシェリカ。
「ちょっと…、シュナーベルの望み…?」
「彼、どうしてもミランダって人に私を渡したくなかったらしいわね。」
「どうして…?」
「さぁ?不死がどうのこうの言ってたけど…。」
「不死って、まさかそんな力があるの?」アリシアが驚いて言う。
「んー、まあ持ち主に力は与えるけど…、老化しなくなるくらいかな。」
「十分…。」アリシアは頭をかかえる。
「そうなの?」エンシェリカはあっけらかんと言う。
「ああ、確かに君はあの狂信者に渡すことは出来ないな…。」
「ふーん。」エンシェリカは首を傾げる。
「それで、えーと、エンシェリカ?」アリシアは躊躇いながら言う。
「なーに?」
「シュナーベルとずっと一緒だったのか?」
「ええ、そうよ。」
「その、彼の前でも…、その姿で…?」アリシアは言う。
「いえ?必要がないからずっと剣の姿のままだったわ?どうして?」不思議そうにエンシェリカは言う。
「いや、なんでもない。」アリシアはため息をついた。

旅立ち

「ねぇ?」
「ん?」
「ねぇ、ラスティ?」
「どうした、小梅?」
「ラスティは神様なの?」
「…どうしてそう思った?」
「ずっと見ているんだよね?」
「そうだよ。」
「これからもずっと見ていくんだよね?」
「そうだね。」
「それって神様って言う事じゃないの?」
「違うよ、僕は神様じゃない。」
「違うの?」
「僕は未来がどうなるかを知らないし、世界を変える何の力も無い。」
「でも、凄い知識があるし、凄い魔法もあるじゃない。」
「知識はある、魔力もそれなりにはある、でもそんなものでは世界を変える事なんて出来ない。」
「鹿児島で手伝ってくれたじゃない、今もここに残っているし…。」
「これは介入とかじゃないよ。」
「違うの?」
「僕は自分の意思で、愛する人達の傍で見たいだけだよ。」
「ほら…、」
「ん?」
「全部見ていて、力もあって、人間任せでなーんにもしない神様と同じじゃない。」
「…。」
「…。」
「…それは違うよ。」
「そう?」
「僕は君達と同じ、ただの意思のある生命の一つに過ぎない。」
「私と同じ…?」
「本物の神様はね。」
「神様は?」
「もう、ここにはいないんだよ。」
「もう…、いない?」
「神様はもう僕たちを見守る事もできず、力を届ける事もできず、遥か至高の門の向こうで為すべき事をしているんだよ。」
「…。」
「それでも、もしかしたら時々僕達の事を、今頃どうしてるだろうって思い出しているのかもしれないね。」
「それって…、私達と同じじゃない…。」
「そう、僕たちと同じ生命、全てを支配する神様なんていないんだよ。」
「私と同じ…。」
「そう、神様も僕達も同じ生命、流れゆく生命、必死で何かと戦っている生命に過ぎない。」
「そっか…。」
「だから僕は神様じゃない、神様と呼ばれる存在も、神様なんかじゃないんだよ。」
「…ねえ、ラスティ。光さんやエミリオさんの事、忘れないでね。」
「もちろん。」
「雫さんや、久我君や水方さん、シュウ君にタニスさんに聖さんに荏原さん。皆の事も、忘れないでね。」
「もちろん、僕は絶対に忘れる事はないよ。」
「私も忘れたくない、忘れられたくない。」
「小梅、大丈夫だよ。」
「…。」
「小梅、皆は、すぐ傍に居るさ、会いたいっていう想いだけが距離を決めるんだからね。」
「大丈夫かな?本当に大丈夫かな?」
「大丈夫さ、君が望むなら、きっと皆も望んでいるはずさ。」
「本当にそうかな?」
「きっとそう、そう信じるしかないのさ。」
「…私、このドア開ける。」
「僕は君に従う。」
「皆とバラバラになっても、皆と遠くに離れても、時々思い出せばいいんだよね。」
「そう、君も神様も同じだよ。それでいいんだ。」
「…ラスティ。」
「ん?」
「ありがとう。」

ノックの音が響く。

「嘉納隊長、お話があります。」
「小梅か、入れ。」
「失礼します!」

時の流れは休む事を知らない。
それはサウザンドアームズの戦いから10日後の事であった。


2025/08/25

アリシア その15

「アリシア、貴様の連れは死んだぞ、さっさと上がってこい!」
ミランダが勝ち誇ったように奥の牢門の階下に叫ぶ。
「それとも愛する男の手で引きずり出されるか?」
無表情のままのシュナーベル。
ミランダは軽く顎を上げる。
その合図にシュナーベルは牢門を降りた。
「アリシア、あの暗号を聞いたのだろう?」
ミランダは牢門の前で階下に向かって言う。
「この男、剣の記憶を術で忘却していて難儀したが、後はお前から聞きだす事にするわ。」
階下からは剣の切り結ぶ音が聞こえた。
1度、2度、3度…。
その音を聞いて悦の表情を浮かべる。
「抵抗しても無駄、この門をくぐった者は全て追跡される、もはやどこに逃げても無駄さ!」
甲高い金属音の後、剣を落とす音がした。
そして静かになった。
「ほーっほっほっほっ!」
階段を登る足音。
だが、現われたのはミランダの知らない白いマントの男だった。

「下品な方ですね…。」白いマントの男、ルシアは静かに呟いた。
ルシアはジェスカを見て悲痛な表情を浮かべた。
「ジェスカさん…、私が牢門の罠に気付かなかったばっかりに…。」
「あ…、あ…。」口をぱくぱくさせて固まっているミランダ。「き、貴様…、何者だ!アリシアは来ていないのか!」
「アリシア?それはどなたです…?」ルシアは憎しみに燃えた目でミランダを睨む。
「シュ、シュナーベル、シュナーベルは何をしておる!」
「下で倒れていますよ、密室なので楽でした。貴方にもそろそろ効果がでますよ…。」
「くっ…!これは…エリクサ。」ミランダは慌てて口を服で押さえる。
「麻痺のエリクサ、皮膚からだけでも効果はあります。」ルシアは言う。
「麻痺だと…、貴様にも…、効果が…。」ミランダは崩れて膝を突く。
「私は守られてますからご心配なく…。」ルシアの白いマントがうっすら輝きを放っている。
「くっ…。あ、アラートッ!」ミランダは震えながら声を振り絞る。
突如、鳴り響く警報。
「まだそんな手札がありますか…、」ルシアは言い放つとエレノアを背負って外に急ぐ。
「ま…、まて…。」後ろからミランダの声が聞こえた。

アリシア その14

「いくら夜とはいえ、警備が薄すぎるな…。」ルシアが呟く。
「入り口に2人だけって事はねえな。」ジェスカが答える。
無人のホールを抜け地下の入り口に着く。
「さて、あと5回分、大事に使わないとな…。」ルシアは黒い丸薬に火をつけ階段を転がして落とす。「無色無臭、無味無音。安くないんですよ、このエリクサ。」
「下にエレノアが居たらどうするんだ?」ジェスカが少し不安そうに問う。
「大丈夫です覚醒の術ですぐに起こせます。」人差し指を立てるルシア。「…そろそろいいですね、行きましょう。」
2人は階段を降り倒れている警邏官の腰から鍵束を奪う。
「牢は右だ、俺は見張ってる。」警邏官を縛りながらジェスカが言う。
ルシアは牢門の鍵を開け中に入る。
中は霊薬が効いたのか捕囚達が倒れていた。
ルシアは牢内をチェックしていく。
「エレノア…さんは…いませんね…。」
一番奥に牢門があった。
「あとは、この奥か…。」
ルシアは奥の牢門に手をかける。
「開いている…、罠か?」
門の向こうには下りの階段。
ルシアは一瞬入り口のほうを見た後、門を開けた。
湿気た血の匂いのする階段を顔を顰めながらルシアは降りていく。
正面に見えた牢、そこにエレノアが呆然と座っていた。
「エレノアさん!」
エレノアの反応は無い、虚空を見つめたまま動かない。
「エレノアさん!」強くルシアは呼びかける。
「あー、るしあさんだー。」
ルシアは牢を開け中に入る。
何度かエレノアの頬を軽く叩く。
エレノアは不思議そうな表情を浮かべてルシアを見た。
「いたいです、なんでたたくんですかー。」
「くっ!狂気、いや心神喪失か?」ルシアはエレノアの手を引く。
「だめですー、うごくなってミランダ様がいったんですー。」
「これは…、忠実か!?」
ルシアはエレノアの手を離して。エレノアの顔を両手で支える。
「るしあさーん、そんな…、はずかしいですー」
ルシアはエレノアの頭を自分の胸にあて静かにささやいた。
「暖かき闇よ、月と共に深き眠りを守りたまえ、deep sleep!
エレノアは一度、大きく瞬きをした後、崩れ落ちた。
「すいません、…術が切れるまでの辛抱です。」

ジェスカは人の気配が来るのを感じた。
「まずいな…。」
大急ぎで縛った警邏官を引きずり牢の中へ入った。
牢門の隙間から手を出して牢門の鍵をかける。
すぐに階段を下りてくる足音を聞いた。
手前の開いている牢の暗がりに警邏官を押し込んだ後、ジェスカは壁の影に身を潜める。
「ふん、役立たずめ。」外から女の声が聞こえる。「鍵を開けろ。」
鍵束のガチャガチャする音が聞こえる。
「これは、中に居る事は気付かれているな…。」ジェスカは静かに呟く。
ジェスカは巨大な包丁を抜き、体勢を整えた。
大きな音を立て牢門が開かれた。
ジェスカの手に汗が溜まる。
目の前の通路を黒髪の男が1人。
そしてそのすぐ後ろに金髪の女が通過する。
気付かれていない。
ジェスカはそう思った瞬間、飛び出した。
金髪の女を体当たりで押し倒し、巨大な包丁を首に当てる。
前を歩いていた男は一度前に跳び、距離を開けて振り返った。
「お前は!」
立っていた男はアリシアの持っていた手配書の男だった。
「シュナーベル、か…。」ジェスカは呆然と黒髪の男の顔を見上げた。
「貴様は…、誰だ?」シュナーベルは無表情でそう言うと剣を抜いた。
「汝の肉体は神の与えし仮初、正義の名の元にその契約を破棄す、Hand of death!
押さえつけている女の声がした瞬間、ジェスカの手足が力を失う。
「この下郎が…。」金髪の女、ミランダは埃を払いながら立ち上がった。
ジェスカはため息のような音を聞いた。
それは力を失った胸が体重に耐え切れず空気を漏らす音だった。
「2匹もネズミが居たとはな。」ミランダは奥の牢門を睨んだ。

アリシア その13

闇にまぎれて人影が動く。
「…どうやら、エレノアさんは捕まったようです。」
「そうか…、間違いはないのか…?」
「残念ながら…。連行されているのは目撃されていますが、まだ出てきていません。」
「なら力づくでいくしかないな…。」
「しかしどこに居るのかが…。」
「いや、判る。」
「へぇ。」
「昔…、酔って仲間と大喧嘩してぶち込まれたことがある。」
「ジェスカさんそれは…。」
「笑うな、若い頃の話だ。」
「では…、始めますか…。」

「エレノア・バージル…。記録ではサリカとなっているな…。」
エレノアは市場で警邏官に捕まり、尋問を受けていた。
目の前で鋭い目の警邏官。
その後ろに豪華な刺繍の服を着た金髪の女が居る。
両脇に鎧の警邏官が4名。
「…いい加減に言ってはどうだ?」
「だからー、暗くて間違って奥に入っただけなのよ。」
金髪の女が微笑んでいる。
エレノアは愚かな素振りをして感情を必死に隠していた。
机の下で握られた手の爪が食い込む。
目の前にいる女、親や友人、多くの赤の信者を処刑していった『蒼』の大司祭、ミランダ。
エレノアは湧き上がる憎しみを必死で押さえていた。
「あの…、本当にわかんないんです…。」
「判らないであんな奥に入るか!」痺れを切らした警邏官が怒鳴る。「鍵も架かっていただろう!」
「え…、閉まってませんでしたよ!」エレノアが反論する。
「もうよいですわ…。」笑顔のままのミランダは甘い口調で言う。
「え、しかしミランダ様。」警邏官があわてたように言う。
「貴方は口調が厳しいですわ、少し私が話してみましょう。」ミランダが警邏官に言う。
「判りました…。」しぶしぶ部屋から出る警邏官。
ミランダはエレノアの目の前に座った。「さぁ、頭の中を全部ぶちまけなさいな…。」優しいささやき。ミランダの目は黒く、奈落のように深い色をしていた。

アリシア その12

「…遅いな。」アリシアは窓の外の傾く日を見る。
隠れ家の扉が叩かれた。現われたのは見慣れぬ男だった。
「ルゼットさんじゃないか、どうしたんだ?」ジェスカが対応する。
しばらくなにやら話した後、アリシアの前へ来た。
「アリシアさん、ルシアさんもちょっと。」ジェスカがルシアを机に呼ぶ。
「どうかしました?」ルシアは緊張した空気を悟ったようだ。
「エレノアがまずい事になったようだ。」ジェスカが言う。
「夕方頃にエレノアちゃんが店に来たんだが…。」ルゼットと呼ばれた男は言う。「買い物する振りをして伝言残していったんだ。」
「伝言?」アリシアは言う。
「つけられている、今は帰れない、シュナーベルに会った、彼はここを出たらアゼルにも会いたかったと言っていた。」ルゼットは一言一言思い出すように言った。
「シュナーベルに会ったのか!」アリシアが驚く。
「そりゃ…なぁ…」ルシアが呆れたように机にへたりこむ。
「あいつ、また…、深入りしすぎだ!」ジェスカが頭を抱える。
「それで撒くまで隠れないのでよろしく、…と。」ジェスカが言う。
「無理だ…。」アリシアは言う。「蒼に狙われて…、一人で逃げ切れるもんじゃない…。」
「アゼルというのは…?」ルシアが聞く。
「それは…。」アリシアはルゼットの顔を見る。
「では、伝言は以上です。私はこれで…。」ルゼットは席を立ちあがった。「エレノアさんに幸運の神の祝福があらんことを…。」タマットの祈りの文句を言って出て行った。
「暗号か?」ジェスカが言う。
「ええ…、犬の名前でした。でも子供の頃にとっくに死んで…。」アリシアは思い出しながら言う。「いや、私があの子を埋めた場所をシュナに話した事がある…。」
「そういう事か…、エンシェリカを置いていったんだ。」ルシアは言う。
「だが急がないとな…。」ジェスカは立ち上がり厨房へ行った。「エレノアが目をつけられているならここも安全じゃない。」ジェスカは巨大な包丁を厨房から持ちだしてきた。
「ええ、どちらにせよ一回は離れませんと…。」壁にかけてあった白いマントを羽織るルシア。
「おい!?」アリシアは驚く。「これは私の問題だ…。」
「これも何かの縁ってね。」ルシアがなにやら怪しげな瓶を灯りにかざしてる。「このエリクサ、まだ痛んでませんよね…。」
「エレノアの事は私達にまかせて、君はエンシェリカを手に入れろ。」ジェスカが皮鎧を着込む。
「伝言とがあるという事は、埋めたままにするなという事でしょう、最悪、交渉の材料にも使えます。」ルシアは真面目な顔をして言った。「相手は蒼だ、アリシアさんだけが気に負う事は無い。」
「こんなことに、…まきこんですまない。」アリシアは俯いた。
「気にするな、俺たちは俺たちのやりたいようにしているだけだ。」ジェスカは言う。
「自由なりし汝を縛るのは自分のみってね。」ルシアが言う。
「…ありがとう。」アリシアは俯いたまま涙を流した。

アリシア その11

「君にはすまない事を言った。…アリシアを巻き込みたくなかったのは事実だが。」シュナーベルの目が鋭く細められる。「だが、それ以上に生き残る事で必死だった。」
エレノアは手を止める。
「ここにいるのも理由はある。」シュナーベルは言う。「堂々と皆の前に姿を現した以上、誰の目にも触れない場所で殺される心配は無い。その間に奴らの証拠さえ出れば…。」
「奴らって?」
「大司祭ミランダ、これは全て奴の謀略だ。」
「ミランダ…。『蒼』の頭目ね。」
「だが、奴も全てを好き勝手出来るわけではない、私も少しながら手は打っている…。」
「ミランダの狙いは…エンシェリカ…?」エレノアは疑問を口にした。
「…その名前を知っているのか。」驚いたようにシュナーベルは言う。
「ええ、アリシアさんに聞きました。でもそれが狙われているんじゃ?」
「ああ、そうだ。もちろんここには無い。」
「それもそうね、あったら取り上げられて終了だわ。」エレノアは思い出したように牢の入り口の方に目を向けた。「まずいわね…、ちょっと時間かけすぎたかな…。」
「早くここから出ろ。」
「シュナーベルさんも…。」
「俺が出るのは危険だ、ここなら暫らくは安全なはず。」シュナーベルは立ち上がりエレノアに近寄って言う。「エレノアと言ったね、君はアリシアに会えるかい?」
「ええ、もちろん。」
「伝言をお願い出来るか?」
「ええ、伝えるわ…。」
「すまない事をした、もしここを出られるならアゼルにも会いたかった。」
「アゼル?」エレノアは聞く。
「ああ、頼んだ…。さぁ早く…。」
エレノアはまだ聞きたい事はあったが、急いで牢から引き返した。

アリシア その10

階段の先には3つの牢があった。
空気の澱みの中に血の匂いがした。
黒髪の男がそこにいた。
「…シュナーベルさん?」エレノアは俯いて座っている男に話し掛ける。
「誰だ?」
「しー、あんま大声出さないで。」
「君は?」男は顔をあげた。
「本物はいい男なのね…。」アリシアが持っていた手配書の顔。「私はエレノアと言います、アリシアさんの…、友人です。」
「アリシアの…、そうか…、アリシアもここに戻ったのか。」
「ええ、あなたを探しているわ。」
「くそっ。」男は悔しそうに床を叩いた。
「シュナーベルさん?」
「あいつだけは巻き込みたくはなかったのに…。」
「アリシアさんはずっとあなたの事、追いかけているのよ。」
「ああ、それは知っていた。」
「それじゃ、なんで会わないのよ。」
「会ったら…、アリシアも狙われる。あいつは関係ない、奴らの狙いは俺だ。」シュナーベルの鋭い目がエレノアを見る。「俺さえここに居れば彼女は安全だろう。」
「それじゃあ、ここに居てあなたはどうなるのよ!」エレノアはだんだん腹が立ってきた。「アリシアさんは家も身分も仲間も全部捨てて、あなたを追い掛けてるのよ。」
「アリシアには…、静かに待ってて欲しかった。」
「あんたねぇ…。」
「アリシアには…、すまない事になったと思っている…。」シュナーベルの口元や腕に血の流れた後が見えた。「たが、あいつの罪状は俺を追い詰める口実だ、全部ケリがつけばきっと…。」
「さっき言ったこと訂正するわ、この大馬鹿者!」エレノアはついに怒鳴った。「あなた、自分だけ犠牲なればいいとか思ってるかもしれないけど。何も分からず残されて置いていかれる人の事を考えた事ある?」
シュナーベルは驚いた顔で固まった。
「それにアリシアさんの罪は間違いでしたーとか、なると思ってんの?ばっかじゃない、あんたも元、『蒼』だったんでしょ!」
「それは…。」
「あなたを助けるわ!あったまきちゃった!」エレノアが牢の鍵をがちゃがちゃ探りながら言った。「意地でもアリシアさんのとこに連れてって、一発ぶん殴ってもらう!」
シュナーベルはエレノアが難しい顔で鍵を探っているのを見て、口元を綻ばせながら言った。
「ありがとう…、君は本当にアリシアの友達のようだな。」
「はぁ?」

アリシア その9

2日後。ピアスからの使いと名乗る男が現れた。
「アリシアさんがお探しの男は確かにこの町にいるようです。」
「早かったな…。」
「ええ、わかりやすい場所に居るようなので…。」男はメモを手渡した。
「ここは…。」アリシアが思わず声を出す。「総統府特別警邏『真なる蒼』本部…。」
「捕らわれているようです、4日ほど前に正門から入っていく姿が目撃されたきりです。」
「シュナーベル…。」
「では…、私はこれで…。」使いの男は去って行った。

「まさか自分から出向いているとはね…。」ルシアが言う。
「だが追われているの判っているのになぁ…。」ジェスカ言う。
場に重苦しい雰囲気が漂う。
「まだ…、生きているかも…。」エレノアが雰囲気を掃うように言う。
「生きていたところで、場所が場所だ、何が出来る?」ジェスカが言う。
アシリアは机に肘をついて俯いたまま動かない。
「いっそ忍び込んで連れ出そうよ!」エレノアが言う。
「おいおい、ちょっとまてよ。警邏の本部だぞ、どうやって入るんだ。」ジェスカが言う。
「簡単よ、そうね例えば…。」エレノアは腕を組んで首を捻る。「親が酔って姿が見えないから、留置されてる人の面会させろって言えばどう?」
「エレノアさん…、そんな嘘が通じると思います?」呆れたようにルシアが言う。
「だーいじょうぶ、こう見えてもシャストア様の祝福を受けた子だって小さい頃から褒められてたんだよ。」
「それは褒め言葉じゃない…。」とジェスカ。
「あなたはリャノの神官でしょうが…。」ルシアが溜息をつく。
「何か手がかり見つかるかも知れないしさ!」エレノアは俯いているアリシアに言う。「それに…、それに本当に捕まっているのならさ、…その人、危ないじゃないの?」
アリシアはゆっくり顔を上げて言った。
「エレノア…、頼めるか…?」

「さーてっと…『任された!』って言った以上どうにかしなきゃな…。」
エレノアは独り言を言う。
「うーん、しかし、蒼の本拠地怖いな…。」
ブツブツ言いながら門の前を数度往復した。
「何か御用で?」
「ひゃあ!」いきなり声をかけられてエレノアは声を上げる。「すいませんすいません。」
「何か御用ですか?さっきから行ったりきたり…。」声をかけたのは門番の若い警邏官だった。
「いえいえ、あのちょっと、親が…。」エレノアは手をパタパタさせながら言う。
「大丈夫ですか?親がどうしました?」人のよさそうな笑顔。
「あの…、昨日酔ったまま出て行って戻ってこないんで…、もしかしたらまた留置されてないかなとか思って…。」
「また…ですか。前にもあったのです?」警邏官が言う。
「ええ、酔っ払って酒場で暴れて捕まってたの…。」
「なるほど、それじゃ、名前教えてくれないかな?」
「え、エレ…、エルノアと言います。」
「いや、親の名前は?」
「あの、シュ、シューナって言います。」
「うーん、判らないな、取り合えず中で聞いてみたほうが早いかな?」
「はーい。ありがとう。」
エレノアは中の受付の女性に同じような内容を喋った。
2度目なだけあって詰まる事は無かったが、当然そんな人物は居ないと返された。
「えっと、留置場に居る人の顔とか見れませんか?もしかしたら酔って変な名前喋ってるかも…。」
「あまり良い心がけじゃないですわね、それじゃあ面会ですか?」
「はい!」
「一時拘留の牢なら可能です。」
「お願いしますー。」
「じゃあここに住所と名前を書いてね。」
エレノアは指示に従い偽名を書いた。
受付に案内の警邏官が現われ、エレノアについて来る様に言った。
地下に降りて右側に牢門があった。
「私は入り口にいますので何かあれば声を出して私を呼んでください。時間は手短にお願いします。」門の鍵を開けながら警邏官が説明する。「奥の牢門から先は立ち入り禁止になっています、決して入らないように願います。」
「ありがとうございます。」エレノアは牢に入った。後ろの牢門が閉じられる。
薄暗い通路、カビ臭い匂い。ほのかに酒の匂いがする。
「案外多いのね…。」エレノアは思わず呟く。
一時留置の牢は5房あり、酔っ払いやら子供やら何人か居た。
エレノアは突き当たりにある牢門まで行った。
「あら…。」
軽く手を触れると、軽くきしんだ音を立て門が動いた。
「カギ…、かけてないのかしら…。」
立ち入り禁止と言われた場所。
その先はさらに下りの階段になっていた。

アリシア その8

「私が『真なる蒼』を抜ける事件の直前、赤の地下神殿の強制捜査があった。」地に伏したルシアを放置してアリシアは話す。「容疑も疑わしい言いがかりをつけて突入し、全員逮捕、これはそこで押収した。」
ジェスカが眉をひそめる。
「その後、赤の信者への見せしめで司祭9人を公開処刑した…。だがそこは孤児院でもあった。」できるだけ淡々と話すアリシア。
「ルノア・ザノスの惨劇か…。」ジェスカは痛々しそうに俯いた。
「捉えた司祭を処刑する時に、私に言い残した。『子らに赤も青もまだ無い、どうか助けてやってくれ。』と。」
「その願いは叶わなかったわけか…。」ジェスカは言う。
「その後、子供達も処刑されて、私は自分の信念が揺らいだ。…そんな時に養父が殺された。」アリシアはの声は震えていた。
「どうして…、殺されたの?」エレノアは聞く。
「判らない、だが養父シバーは魔化研究化だった。そして死にぎわにいたはずのシュナーベルは養父の研究していたはずの龍剣エンシェリカを持って逃亡した。」アリシアは疲れたように机に肘をついた。「そして『蒼』の司祭ミランダはシュナーベル逮捕よりもエンシェリカの方を求めているようだ。私には何が正しいのか判らなくなった。それで私は『蒼』を離れた。」
「そうだったんだ…。」エレノアが同情したように言う。その素直に見せる感情が新鮮だった。
「私はミランダよりも先にシュナーベルに会わなくてはいけない、そう思った。」アリシアは大鎌に目をやる。「そうして、全ては私の仕業となった。私は押収された後、分析待ちだったこの鎌を養父の工房から持って逃げた。」

アリシア その7

エレノアに連れられて来た隠れ家は港湾地区、海が真横にある市場の倉庫だった。
「津波があったら一発でしょ。」
「そこは自慢するポイントではないだろう。」とアリシア。
「まあ入って入って、ただいまー!」
「エレノアさん、おかえりなさいませ。」中にいた眼鏡の男が答える。
「おー、お客さんですかい。」隣で包丁を握っている小太りの男が笑顔を向ける。
「ええ、アリシアさんって言うの、とーっても強いんだから。ルシアさんちょっかいだしちゃダメだよ。」
「お邪魔…、する…。」アリシアはエレノアの顔を見る。
「えっと、この人がルシアさん、アルリアナの司祭様なの。」
「ちょ、エレノアさん!」ルシアは眼鏡がずれるくらいの勢いで立ち上がった。
「あー、大丈夫大丈夫、この人は大丈夫だよ、ピアスさんもOKって言ってくれてたし。」エレノアはルシアに向けた手をパタパタとさせる。
「びっくりしましたよ、ピアスさんが、…ねぇ。」眼鏡を直しつつ近寄るルシア。「始めまして、よろしく、アリシアさん。」ルシアは手を差し出す。
「あ…、ああ…。」アリシアは握手をすると、その手が引き寄せられた。訳のわからないままに抱擁されるアリシア。「ちょっと!なにを…!」

打撲音。

エレノアの一撃を後頭部に受け、崩れ落ちるルシア。
「えっと、奥の人がジェスカ。私と同じリャノ神官でーす。」うめき声を無視して紹介を進めるエレノア。
「よろしく。」料理を止めて手を拭きながら厨房から出てくる。
「今日からここで暮らすんだよ。」エレノアが言う。
「ふむ…、なるほど。」ジェスカは何度か頷く。「それで、アリシアさんはどちらの?」
「私は…。」一瞬躊躇う。「私はガヤンとジェスタの神官だ。」
一瞬、ジェスカは真顔になり足が止まった。だが直ぐに笑顔で近寄ってきて手を差し出した。
「よろしく、双子の月の兄弟。」
「ああ、よろしく。」救われたような気分で握手をする。
「追われているので?」ジェスカは問う。
「死神アリシアって、聞いたことあるでしょー?」エレノアが口を挟む。「その死神さんだよー。でも本当はアリシアさんは冤罪なんだってさー。」
「おぉ!あの親殺しの…。」ジェスカは言ってしまってから口を押さえる。「いや、失礼した…。」
「かまわない…、もう慣れた。」アリシアは寂しげに言う。
「いやいや、しかし冤罪ならば訴えればいいのでは?青の信徒なら我らみたいな立場でもないでしょうに。」
「青は法に則って正義を表し、混沌たる赤を払う…、私はそう習ったのだがな…。」アリシアは言う。「だが、ここの法は少し歪んでるようだ…。」
「青は人に秩序を与え、赤は人に自由を与える。世界の両面、いずれが欠けるも許されじ…。」ルシアがいつの間にか復活して椅子に座っていた。「私はこう教わったものですがね…。」
「信仰などどうしようと勝手だ。」アリシアは言う。
「ですが、帝国はそれを強制している、死神アリシア、貴方はそういう組織に属していたのでは?」ルシアは強い口調で問う。
「ちょっと、喧嘩はだめだよ!」エレノアが割って入る。
「我々は帝国に敵意を持っていない、だが帝国は我々を敵としています。」ルシアは止まらない。
「その通り、帝国では赤の月は認められない、それが国の法、定めだ!」アリシアは強く言った。周りの空気が張り詰める。「何も無ければ、私は今もそう思っていただろうな…。」アリシアは養父の死んだ時の光景を思い出した。
燃える家、焼けた皮の匂い、割れて転がった葡萄酒の甘ったる匂い。木の焼ける音と共に聞こえた誰よりも知っていたはずの声。その声は炎の向こうで言った。『エンシェリカ』と…。
アリシアは目にいつのまにか涙が溜まっている事に気が付いた。大きく目を開き流さないように堪える。「『蒼』を抜けて思い知ったさ、私の知っていた法は狭く、他を傷付けるものだったよ。」
「ルシアさん!アリシアさんに謝りなさいよ!」エレノアが言う。
「人が幸せになるのには赤も青も関係無い。」アリシアは箱から真紅の大鎌を取り出す。「私は自分の意思で外に出て、ようやく、そう知ったよ…。」
「スカーレットアーク…。」ルシアは溜息のような声を漏らした。
「ルシアさん、知ってるの?」エレノアが聞く。
「悪魔大戦時にもたらされたとされる赤の神器です…。」ルシアは立ち上がって感動したようにアリシアに近寄る。「旧ザノンにあったと伝承ではありますが、トルアドネス建国の騒乱で失われたと…。まさかこの目で見られるとは…。」感極まったルシアはアリシアに抱きついた。

打撲音×2。

アリシア その6

目の前を緊張感の欠片も無さそうな女が歩く。
「ああー、もう幸せです。アリシアさんって、もっとごつい人かなーとか思っていましたけど…。」ぽややんとした目でアリシアを見上げる。「綺麗な人で良かったです。」
アリシアは頭痛でもあるかのように眉間に手を当てた。

ピアスとのやり取りを思い出す。
「そいつの居場所を探って見る、だが時間が必要だ。」
「判っている。」
「しかし、連絡も付けなきゃいかんしなぁ。」
「私は一箇所にあまり腰を据えるわけにはいかない。」
「なら、こちらで用意しようか?」
「匿うとロクな事にはならんぞ?」
「既にロクでも無いさ。なんなら報酬に上乗せでもしてもらうかな。」
「じゃあ、頼む。」

「はじめましてー!私、エレノアといいます。」引き合わされたのは青髪の小柄な女性だった。「よろしくです。アリシアさん。」
「はぁ…。」エレノアに引っ張られるように握手をする。
「ちょいとおつむが弱そうだが、モノ隠す腕は信頼が置けるぜ。」ピアスがフォローする。
「ちょっと、おつむが弱いってどういうことよ!」エレノアが憤慨する。
「そうやって直ぐ表情を見せる所だよ。」ピアスが突っ込む。
「ピアスー、いつからそんな朴念仁になっちゃったのよー。」
「俺は元からこうだ、ほら、困っているじゃないか。」
「…彼女が?」アリシアは困惑しながら言う。
「よろしくです。あれ、さっきも言ったかな?」首を傾げる。「港の辺りにいい家あるんですよ、そこでしばらく一緒に暮らしましょ。」語尾に音符が付きそうな勢いだ。
「お、お前と一緒に暮らすのか…?」アリシアはどうしていいかわからない。
「うん、他に何人か仲間もいるよ、帝国に仇なすテロリスト集団なのだ!」エレノアは意味不明のピースをする。「そのでっかい鎌は目立つから箱に詰めてもってくかなー。」
「えーと…。」アリシアはピアスの方を見る。だがピアスは後ろを向いて無視を決め込んでいる。
「さぁ、出来たっと。」いつの間にか大鎌はラッピングされた箱に変わっていた。「んじゃ、いきましょー。」
アリシアは頭部を破壊されたような頭痛を覚えながら部屋から引っ張り出された。

アリシア その5

ザノス・トルア衛星都市ルーデン。

「この男を知らないか?」アリシアが問う。
酒場の主人に聞いた隠れタマット神殿、そこは旅人宿の一室だった。
壁に誇らしげに兎の耳の聖印が掲げられて居る。
「その男の顔は知っている…。」禿眼のピアスと名乗った男は舌打ちして言った。「そいつ…、蒼の神官だな。」
「そうだ。」アリシアは答える。「私と同じ元『真なる蒼』の神官だ。」
「この男が次の獲物か?」ピアスは言う。
「みな、そう言うな…。」アリシアは寂しそうに笑う。
「あんたは凶悪犯罪者で顔が通ってるしな。」ピアスは笑みを浮かべながら言う。
「それならお前は凶悪犯を目の前にしてるわけだが?」
「おー、怖い怖い。」ピアスは言う。「でもそれ、蒼の連中の布告だろ。」
「ああ…。」
「俺らのリーダーも手配されてるぜ。この町のサリカ孤児院に盗みに入り火を放った悪党だってよ。」ピアスは大笑いして言う。「この町に来たこともないのによ。」
「大方、都合の悪い事があったんだろう。」アリシアは自虐的に言う。
「そういうことだ、あんなもん信じる位なら子供の噂話の方がまだまともだ。」ピアスは言う。「で、実際どうなんだ?その男は何者なんだ?」
「仇だ…。」アリシアが答える。
「なんだ…、仇討ちか。」ピアスはつまらなさそうに言った。
「いや…、判らない…。」
「判らない?」
「私の養父が殺された、だが彼がやったかどうかはわからない…。」アリシアは眼を閉じ悔しそうに言った。「でも私は見た、彼はそこからエンシェリカを持って逃げた。」
「…エンシェリカ?」
「龍剣エンシェリカ、遥か昔から伝わる双剣の片割れだ。」アリシアは静かに言う。
「殺して奪って逃げたんじゃないのか、その男は。」ピアスが返す。
「判らない、だがミランダは養父殺しの罪を私に着せた…。」
「ミランダ…、『真なる蒼』の大司祭か!」ピアスは驚く。「じゃああんたの司祭殺しっていうのは…?」
「ああ、私は殺してはいない。」アリシアは言う。「そしてミランダもシュナーベルを追っている。」
「シュナーベル?」
「彼の名はシュナーベル・クロウ。私の婚約者だった男だ。」

綴られし笑顔

夜空に動き回る赤い星と青い星、そして動かぬ星を塗り潰す黒い塊。
はるか天空で仲間が戦っている、「トルネーズ…。」動き回る星を見上げながらつぶやく赤髪の女、血まみれで刀を杖にして立っている。
地上では魔性湖の防壁を乗り越えて悪魔が流れだしていた。反目を乗り越えグラダス各国より集った軍はそれを押し返そうとしている。
女は刀を地面に突き立て叫んだ。「手伝え!トルネーズだけに任せては名折れ、奴に一矢報おうぞ!」数人の魔術師が周りに立つ。

マナよ、命の煌きよ、我が魂の慟哭となりて天を貫け…。
景色が変わる…。

甲冑の騎士が蹴りの一発で腕が飛ぶ、拳の一撃で首が刎ねられる、いくつもの矢がその肉体で弾かれ、気合いの塊で弓兵が吹き飛ぶ。竜巻のようなその黒髪の男に赤髪の女が素手で立ち向かった。「ザノン・ダルク!私が貴様の死神だ!」
男は笑みを浮かべて飛び蹴りを放つ。女は腕で上に逸らす。男は逸らされた勢いを使ってサマーソルトに転じる。女は右腕で止める、骨の砕ける音がした、だが相手の足を掴んで離さない。男は拳を繰り出すが左手で止める。一撃止める毎に衝撃波が女の腕を切り刻む。「守りだけで勝てるか!」男が吼える。
手に蒼い闘気を纏わせた突きが胸を貫く、だが、女は口から血を流しながら笑った。
「アルリアナの祝福を。」女は男に抱きついた。男はその遥か後方に銀髪の魔術師を見た。

…抗うもの、立ちふさがるもの、その全てが汝の力なり…。
景色が変わる…。

地上すれすれまで降りてきた巨大な城。多くの月の種族が集い、それに立ち向かっていた。
城から翼を持つ者が無数に飛び立つ。心を持たぬ兵士が腕の砲を放つ。劣勢、だが引くわけにはいかない。
青髪の女が静かに魔力を集める。一足先に城に送り込まれた仲間が戦っている。先ほど城の上層部の回廊を吹き飛ばし閃光の柱が2本立った。さらに少し別の回廊で幾つかの光条が見えた。心を飛ばし、城を探っていた青髪の男が言う。「見つけた!月光だ。」
「ここまで来る必要は無いのに…。」「へへっ、一人だと寂しいだろうと思ってね…。」「寂しがるのはあんたじゃないの?」「馬鹿な。」「馬鹿ね。」男は無言で女の髪を撫でる。女は優しく眼をつぶった。

…我、最初にして最後の禁を犯す!
3人の声が重なった。

破壊の黒剣!
破壊の黒剣!
破壊の黒剣!

漆黒の閃光は遙か天上の黒い塊を貫く。
青と赤の星はその直後、黒い塊を散らせた。
女はそれを見届けた後、刀に寄りかかり、空を見上げたまま笑った。

漆黒の閃光は抱き合った男と女を貫く。
体の大部分を消し飛ばされた女は崩れながら唇だけを動かした。「ありがとう、ルーザ…。」
銀髪の魔術師は笑いながら倒れた。「報酬はそれで十分だ…。」

漆黒の閃光は戦場を一直線に駆ける。
勢いに負けた女の腕が吹き飛ばされる。
「あ…。」直後視界が黒に染まった。
大きく上に振り上げられた閃光は巨大な刃となって城と大地を断った。
「あはは…、やりすぎちゃったかな…?」
「いや…、よくやったよ…。」青髪の男が笑顔で髪を撫でてくれた。
薄れ行く視界の中で、二つに分かれながらゆっくりと地に堕ちていく城が見えた。そして断たれた回廊から閃光の柱が1本立ち昇った。


鹿児島に向かう軍船で塚野小梅は目が覚めた。
「うん、今日もいい天気!」
何か大事な夢を見たような気がする。
瞼に涙の後があった。
だが、心は最高に爽やかだった。
一番お気に入りのチョーカーを付ける。
「さぁ、行くよ!ラスティ。」

ナウル その8

闇はすぐに解除された。
「大丈夫ですか?ナウル。」ミーシャはナウルの周りの障壁を解く。
「ええ私は大丈夫です…、リウスは?」
「リウス君は大丈夫です、サリカ神殿で治療してもらっている筈です。」
「ミーシャさんはなんで…。」
「あの光の柱を私も見ました、直後にマナが急に濃くなったんで、気になって出てきてたんです。」
「いえ、あの、剣の…、それにさっきの人…。」
「私が昔、トルアドネス帝国で働いていた頃の事ですが、何度か彼と戦う機会がありました。」
ナウルは頷く。
「どうやら彼は赤の月、シャストアの司祭の様ですからね、帝国にとっては敵だったんですが…。」
「どうしてバドッカに?」
「それは解りません、が、一つ重要な事があります。」
「重要?」
「ナウル、私の年齢を知っていますか?」
「え…?」突然の質問に思考が止まる。「えと、解りません…。」
「私は5巡り前に327歳になりましたが、ティオン・クロス、私が彼と戦ったのは私が74歳の頃です。」
「それって!」
「ウィザードでは無いようですがね…、正体は判りません。」
「この剣は?」
「私も伝承程度の知識ですが…。」ミーシャは断ってから言う。「四属を司る銀の神々は仲違いを繰り返していましたが、あるとき王を定めようとしました。そして、王の証である剣を生み出しますが、それを巡って同属同士でも争い、結局その剣を奪い合う事になってしまった。まあ、こんな話です。」
「あながち間違ってはおらん、我が属の徒は我を持つものに従う。」キュレイが口を挟む。「他属も同じ、そして四属を圧するものが王となる、それがルールだ。」
「銀の王…。」ナウルが死んだグルグドゥを思い出しながら呟く。
「そんな剣が実在して、しかも、よりによってナウル、貴方がそんな剣の主になってしまうとは思いませんでしたがね。」
「ミーシャさん…。」
「たとえ伝承でも、その剣から放たれているマナは凄まじいものです。あの大津波も私は見ましたよ。」
「私…こんな力要らない…。」ナウルは我慢しきれず涙を流す。
「ナウル、力はあって困るものではありません、振るわない事も力の使い道ですよ。」ミーシャは慰める。
「でも、私、みんなを押し流して…。」
「大丈夫、バドッカには優秀な人材が揃っていますよ、復旧は既に始まっています。」
「汝、ナウルよ、私にはもはや帰る場所を知らぬ、不要なら投げ打つがよい。」キュレイが言う。
「あんたに慰められるようじゃ、私もどうかと思うわ…。」ナウルは泣きながらも少し笑う。
「さぁ、ここに居ると警邏に説明が面倒ですよ。剣の所為にするのも立場が弱い。」
「でも、後始末しなきゃ…。」
「捕まって、剣を奪われて、軟禁されて尋問されて、それで貴方に何か答えれますか?」
「それは…。」
「貴方に責は無いです、これは銀の月同士の争いに巻き込まれただけでは無いのですか?」
「そんなに割り切れないわ。」
「もし罪に感じるなら想い続けなさい、貴方がそれを想い続けるなら、それは償いなのですよ。人に裁かれ罰を受けたからといって罪が許される事は無いと思います。」
「ミーシャさん…、私、まだ良くわからないけど、ありがとう。」
「ナウル、私の知り合いに伝承や、曰く付きの品を研究している人が居ます、その人の所に行ってみませんか?」ミーシャが言う。
「詳しい人?」
「ええ、シバーと言う人ですが、キュレイの預け先に心当たりがあるかもしれません。」ミーシャは少し困ったような顔で言う。「ザノス・トルアに住んでいて少し遠いですがね。」
「ザノス…、トルアドネス帝国ね。」
「その前に…。」
「ええ…、リウスの所に行かなくっちゃ。」

ナウル その7

ナウルはティオンに連れられて港の端にある倉庫に来た。
キュレイはさっきからずっと黙っている。
「ティオンさんはこの剣の事を知っているのですか?」ナウルは弱々しく言う。
「ああ、秘水剣キュレイ。銀の月の四属神が生み出した剣だ。」
「銀の…、神…。」死んだグルグドゥを思い出す。
「銀の神同士が仲悪いのは昔話とかで知っているだろう。」
「うん…。」
「その剣はそいつらの陣取りゲームの旗に使われたらしい。」
「旗…。」ナウルが呟く。
「我を旗呼ばわりするか…。」キュレイの声がする。
「あ、やっと喋った…。」ナウルがため息を付く。
「汝が鈍いからだ、持ち主を操るのは力を使いすぎる。」
「おい、外に声が出てるぞ。」ティオンが笑いながら言う。「剣は何て言ってる?」
「旗呼ばわりされて腹立ててるみたいです…。」ナウルは言う。
「別に馬鹿にしているわけじゃないぜ。」ティオンはおどけたように言う。
「貴方はなんでそんな事を知っているの?」ナウルはティオンに問う。
「長いこと司祭ってやつをしてるから物語には詳しくなってな。俺、これでもシャストアの高司祭さ。」
「シャストアの司祭…、そうだリウス、リウスは?」
「しっ!」当然、ティオンの目つきが鋭くなった、ナウルを手で制して周りの様子を伺う。
「そこか…、出て来いよ、コソコソしてる奴!」ティオンが戸口に叫ぶ。
「リウス君は無事ですよ。」聞き覚えのある声。
「ミーシャさん!」扉の外の光を背負ってローブ姿の男が立っていた。
「盗み聞きは趣味が悪いぜ。」ティオンが顔をしかめる。
「妖しい男が私の友人をかどわかしているのを見てしまったのでね。」ミーシャは言う。
「俺はこんな小娘に興味は無いさ。」
「興味が無くともちょっかい出すのでしょう、貴方は危険です、ティオン・クロス。」ミーシャは小さなナイフを構える。
「ミーシャ…だったっけ?そういや覚えてるぞ、お前には何度も仕事の邪魔されたな…。」ティオンも構える。
「ミーシャさん、この人知ってるの?」ナウルが口を挟む。
「お前が帝国の犬だった時だな。」ティオンが言う。
「今は単なる自由人ですよ。」ミーシャが返す。「貴方はその剣でも狙っているのですか?」
「バドッカにはたまたま居ただけだ、俺も暇じゃないんでね。」ティオンはナイフを抜いた。
「どちらにせよ、ナウルもキュレイも渡すわけにはいきません!」ミーシャはナイフで十字を切った。
Shield!
ナウルの周りが球状に薄暗くなった。
「物理障壁か、安心しろよ手は出さないさ。」ティオンは笑いながらナウルを見る。
「貴方の言葉はまやかしに満ちてます。」ミーシャはナイフを振った。
Slice!
ティオンは飛んで避ける。
一瞬ナイフの斜線上に真っ黒な障壁が展開された。
倉庫の資材がその断面にそって切断される。
Slice!
ミーシャは障壁を水平に走らせた。
ティオンは資材を足場にして飛ぶ。
マントの一部が障壁に切断される。
「おい、てめえ!老マハノチマントは高けえんだぞ!」
ティオンはナイフを4本同時に投げる。
「無駄です、Shield!
「どうかな!」
ミーシャの周りに薄暗い障壁の壁が広がる。
だが、ナイフは全て障壁を貫通した。
「ばかな!」
ミーシャはナイフに貫かれる。が、痛みは無い。
「しまった。」
「へっ、単なる幻影だよ。」
一瞬の隙にティオンは入り口に立った。
Darkness!
周りは暗闇に落ちた。

ナウル その6

揺れる地面。
バドッカの海が輝いた、海の水を裂いて立ち昇った光の柱、最初に見た閃光だ。
直ぐに光は消えた。そこに翼を持った女が飛んでいた。
「ナウル!立て、敵が来たぞ!」呆然と見ていたナウルにキュレイの激が飛ぶ。
「敵って…。」ナウルが呟いた瞬間、翼を持った女は剣を横に薙いだ。
剣から白い刃のような疾風が生まれ、こちらに迫ってくる。
「間に合わん!」キュレイはナウルの体を強制的に動かし、剣を正面に向けさせる。
同時に幾本もの水柱が立ち上がる。、だが、水柱がそれに触れると一瞬で消し飛ばされた。
何本もの水柱を次々と消し飛ばし、ナウルの正面に迫る。
目の前で船が粉々に砕け散って宙を舞う、ようやく爆音が聞こえた。
「防ぐぞ。」ナウルの体が勝手に動き、剣を振るう。
水を大量に巻き込んだ疾風はキュレイの力を受け方向を逸らす。
一瞬後、地震のような振動。
ナウルの後ろ側のバドッカ口地区の壁に巨大な跡が残っていた。
「キュレイ…、もう宿主を見つけたのか…。」翼を持った女が言う。
ナウルの周囲の空間が何度も歪むが、衝撃音と共に元に戻る。
「この程度は、もはや聞かぬか…。」
「もう…、いい加減にしてよ!」ナウルはキュレイを大きく振りかぶった。同じような巨大な青い刃が生み出される。
刃は女の周りで急に向きを変えて落ちる。
「まだ未熟だが、もうここまで使いこなしているのか…。」女が言う。「倒すなら今だが、バドッカの防衛をまともに相手はできんな…。」遠くで呟いているはずの女の声が剣を通して聞こえる。
「キュレイ!貴様とはいつか決着を付けよう!」女が叫ぶ。
「我が名はセレスティア、サータルスの主なり!」
セレスティアの周囲が一瞬輝き、姿が消えた。
ナウルは回りに散らばった船の破片、崩れた建物、町の壁に残った傷跡を見た。
「リウス…、探さなくっちゃ…。」
「ふん…、これはやりすぎだな…。」ナウルの後ろから声がする。
そこには見知らぬ赤髪の男が立っていた。
「だれ…?」
「お前らは周りに力を撒きすぎなんだよ…。」
「あなたは?」
「俺の名はティオン・クロス。付いてきな、警邏に捕まったら話が面倒だろう。」

ナウル その5

突然、雨が降り始めた。
さっきまで晴天の空はいつのまにか暗雲が立ち込めていた。
「おのれ、もう支配されたか?」ローブの男が忌々しげに言う。
「汝、この後どうするつもりだ?」剣は呆れたように問う。
「えっと…。」ナウルはあまり深い事は考えてなかった。
「愚かな、死ぬぞ!」剣は言う。
シュバッ!目の前で何かが輝いて飛び散った。
「うわっ!」リウスが吹き飛ぶ。
ローブの男は手をこちらに向けていた。野次馬が大慌てで逃げていく。
「リウス!」ナウルに叫ぶ。リウスは倒れたままもがいている。「あんた何するのよ!」
「弾いたのは貴様だ!」ローブの男は叫び返す。杖を構えなおし何かを呟き始める。
「え、そんな…。」キュレイはうっすら輝いている。ナウルは倒れたリウスを見た。
「あの呪、落雷か、あれは相性が悪い。防げんぞ。」剣が言う。
「水操れるのよね!」ナウルは叫ぶ。
「無論!」剣は叫ぶ。
轟音。
世界が真っ白になるような閃光。
引き裂くような振動。
海が輝いた。
一瞬思いついたイメージ、高いところに雷は落ちると言う。
どうやらうまくいったようだ。海の水が柱となって立ち上がりナウルの上に覆いかぶさっていた。
「なっ…。」ローブの男は驚いている。
「お返しよ!」ナウルは水柱がローブの男に襲い掛かるイメージをした。瞬間、水柱が向きを変え横殴りにローブの男にぶちあたる。
「ぐはっ!」ローブの男は近くの倉庫の壁まで吹き飛ばされた。
「ナウル、大丈夫か!」リウスが腕を掴む。
「大丈夫、リウスは大丈夫?」ナウルは答える。
「でもいきなりこんな…。」リウスは苦しそうな顔、胸の辺りの服が黒く焦げていた。
「リウス、ゴメンね、私がぼーっとしてたから…。」ナウルは泣きそうになった。
「その剣、大丈夫かい?」
「剣の、…声が聞こえるだけ、大丈夫、私は大丈夫。」
「ナウル!」リウスが叫ぶ。
ローブの男は立ち上がって再び何かを呟いていた。
「いけない!」思った瞬間、轟と言う音が聞こえた。
ナウルがほんの一瞬思ったイメージ通りの事が現実に起こった。
魔法を使われたくない一心だった。
海が盛り上がり、巨大な波となって目の前を押し流した。
倉庫は崩れ、残った野次馬を飲み込み、目の前の一切を流し去った。
ナウルの腕を握っていたリウスも一瞬で流された。
自分はその巨大な波の中でも立っていた。
濁流はそよ風を受けた程度にしか感じなかった。
「…なに、これ…。」ナウルが震える声で言う。
「汝の望みだ。」剣が言う。
「そんな、一瞬思っただけなのに…。」
「我に望みの区別は付かぬ、汝の意思に従っただけだ。」
「そんな…。」波の引いた後、ナウルは一人へたり込んだ。

ナウル その4

「…ル、…ウル、ナウル!」リウスが叫んでいる。
意識が引き戻される。
周りの声が聞こえる。
「その剣を置きなさい、それは危険な品だ。」ローブの男が言う。
「あの男に渡すな!」頭にさっきの声が響く。
「誰?」ナウルは言う。
「…ナウル?」リウスの心配そうな顔
「我が名はキュレイ、水精の支配者、汝の手にあるものなり。」響く声。ナウルの手には青い、透き通った刀身の剣。
「リウス…、声がするのよ、剣が喋っている。」ナウルは震える声で言う。
「耳を貸すな!乗っ取られるぞ、すぐに捨てろ!」ローブの男は叫ぶ。
「我が安寧の眠りは奴らによって乱された、奴は仇敵、風精の剣を神殿に招いた。」膨れ上がる憎しみの感情。「奴らは我が信徒を滅ぼした。」キュレイは憎しみと悔しさに震えるように言う。ナウルの感情もそれに引きずられるようだった。ナウルは足元のグルグドゥを見た。
「我が力をもちて、奴を滅ぼせ。」剣が言う。
「私がするの!?」ナウルは叫ぶ。
「もはや手遅れか!」ローブの男が杖で剣をはじき落とそうとする。
ナウルの体が大きく後ろに飛ぶ、意思とは無関係な動きだった。
「ナウル!」リウスがナウルのそばに走って来る。
「お前の体を奪ってもよいのだぞ。」頭の中に響く。
「そんな!嫌よ!」ナウルが思わず叫ぶ。
「少年、離れていろ。」ローブの男はリウスに言う。
「ナウル!しっかりしろ!」リウスはナウルの腕につかみかかる。
「私とてそれで力を無駄にするのは好まぬ、さあ、振るえ!」
「わかったわよ、どうすればいいの?」取り合えずローブの男を追い払うすべを考える。その後の事は後で考えよう。
「望みを思い浮かべよ、我はそれに従おう。」
「ええと…、あんた水精の支配者だっけ…。」
「我が名はキュレイ、青き水の支配者なり!」
ナウルは覚悟を決めた。

ナウル その3

「なんだ?また来るのか?」リウスが呟く。
光の輪から青い髪のローブの男が出てきた。
「今度は人間?」
ローブの男は周りを見て舌打ちした。
「そこの嬢さん、そのグルグドゥは危険です、すぐに離れてください。」ローブの男はナウルに言う。
「おい、ナウル。」リウスが心配そうに見る。
「…大丈夫よ、この子なにもしないわ、弱ってる。」
「暴れだしたら危険です。処理しますので離れてください。」ローブの男が近寄ってくる。
弱っているグルグドゥの球体が突然輝きを強めた。
「くっ、無駄です!」
ローブの男が杖を振り宙を払う。
球体が明滅を繰り返し、そして消えた。
「あ…。」ナウルが小さな声をあげる。
「…さぁ、どいてください。」ローブの男が言う。男は鼻から少し血を流していた。
「なに…、するのよ…。」ナウルが静かに言う。
目の前の球体の光の消えたグルグドゥの体は崩れていった。流れた体がナウルの靴を濡らす。
崩れた体の上に輝く青い剣が残っていた。
ナウルは泣いていた。
「なんでこんなことするのよ!」ナウルは青い剣を取って立ち上がった。
「その剣に触るな!」ローブの男が叫ぶ。

剣を握った瞬間、ナウルに声が聞こえた。
「…だれ?」
頭の中にいくつもの響き渡るような声。
いくつものバラバラの声が反響して意味が聞き取れない。
「…何を言っているの?」
リウスが何かを喋っている。
ローブの男が何かを叫んでいる。

そのうち頭の中の声が揃ってきて理解できるようになった。
それは強い敵意と殺意だった。
「ちょっと…、なにを。」手が勝手に動き剣を構える。
「あの男は仇敵を招き、我が信徒を滅ぼした。」誰かが呻る。
頭の中にイメージが流れ込む。

一瞬、光の輪の中に見えた景色と同じ、奇妙に歪んだ神殿。
数百のグルグドゥが絡まりあい、静かに明滅を繰り返している光景。
そこに光の輪が生まれ2人の人間が入ってくる。
1人は目の前に居るローブの男。
もう1人は同じような緑の剣を持ち、背に翼がある女。
女は剣を振るった。
その瞬間、神殿の中は光に包まれた。

ナウル その2

「リウス、行ってみよ!」ナウルが言うなり駆け出す。
「お祭り好きだなあ…。」あわせて駆け出す。

海に立ち上がった光の柱はすぐに消えていたが、港の波止場には大勢の人が詰め掛けて様子を見守っていた。
「おじさん、なんかあったんですか?」ナウルが近くの人に聞いた。
「いや、海が急に光って…でもそれっきりだ。」
「でっかい柱だったよなぁ。」別の野次馬が言う。
「どっかのウィザードの実験か?」勝手に言い合ってるが、要約すると解らないということか。
しばらくすると何も変化がないのに飽きてそれぞれ散っていた。
「ナウル、帰ろうよ。」
「なーんにもおこらないね。」残念そうに海を見るナウル。気になったら関係無い事にもすぐ首をつっこむのがこの娘の悪い癖だ。だがそこが魅力でもあった。

「おい!なんだあれ!」
まだ残っている人の誰かが叫びを上げた。
すぐ後ろの広くなっている場所に輝く輪が現れた。
「なんか、見える!」リウスが声を出す。
輝く輪の中は見知らぬ景色、奇妙に歪んだ神殿のような景色が映っていた。
少ししてそこからグルグドゥが飛び出してきた。
グルグドゥとは銀の神に従った源人の末裔で内部に色とりどりの球体が浮かんだアメーバ状の生物だ。人間と交流こそあまりないが、彼ら独自の知的な文明を築いている。
「グルグドゥだ!」悲鳴のような叫びが上がる。
「うわ、初めて見た!」ナウルが驚きの声を上げる。
「俺も…、気持ち悪りぃな。」リウスが正直な感想を漏らす。
グルグドゥは輪から飛び出した後、地面に落ちて蠢いていた。輝く輪はすぐに消えた。グルグドゥは青い剣を持っていた。それを体の一部に絡ませながら球体を弱弱しく光らせていた。
球体の光が一つずつ消えていく…。
「弱ってるのかな。」ナウルが近寄る。
「おい、ちょっと!」リウスが追う。
近寄ってくる人間に反応したのか、一瞬球体の光が強くなるが、やはりすぐに虚ろな色になった。
「どうしたの、大丈夫?」ナウルは声をかけるが、果たして言葉が通じているのか解らなかった。「リウス!」
「なに?」
「どうしよう、どう手当てしていいか解らない…。」
「僕もわからないよ…、弱ってそうだけど…。」
そうしている間にも球体は光を失い、崩れていく。
「どうしよう…。」ナウルは恐る恐るグルグドゥに触れた。
リウスが周りを見渡す。「誰か治癒できる人いませんかー?」
心配そうに見守る野次馬はいるが誰も反応はしない。
「ミーシャさんなら治せるかな?」ミーシャとは1キャンペン(1キャンペン=1年)ほど前にバドッカに来たウィザードだ。
「連れて行く?」リウスが返す。

そこへまた別の輝く輪が現れた。

ナウル その1

鬼面都市バドッカ。

誰が何のために彫ったかは分からない、広大な山肌に鬼の顔が彫られている。その鬼の顔に張り付くように町が広がっている、他に類を見ない奇妙な都市。グラダス5王国のどこにも属さない中立都市。

「入信者リウスよ、神官位を授けんが為に神託ありし使命を伝える。」
シャストア神殿に厳かな司祭の声が響く。
リウスは頭を深く下げ、神官へなる為の使命を待った。
「汝にシャストア神の下ろした究極の物語の探求を命ずる!」

数秒の沈黙。

「へ!」リウスは思わず声を出してしまう。
「神託に何か疑問ありきや?」司祭が返す。
「あの、何かの間違いではありませんか?これは神官試験ですよね。」
「入信者リウスよ、汝はこの使命を果たした時に神官になれる。」
「究極の物語って、そんな…。」
究極の物語、それはかつて双子の月がやって来た時、シャストアが人間に授けたとされるものだ。伝説では海を越え、帝国を越えた遥か北、ルークス聖域王国のゼモス山にあるといわれている。
「神が示した使命だ!」司祭は言い放つ。
「そんなー!」リウスは「できるわけない。」という言葉をかろうじて飲み込む。
シャストア信者は言葉と幻惑を操る者、何かの比喩だろうと考えた。

――――――――――――――――

「試験どうだった〜?」外で少女が待っていた、幼じみのナウルだ。
「最悪だよ…。」
「へ、どういうこと?」
「神官にはさせないってさ。」
「なにそれ。」
リウスは神殿であったことを話した。
「なんか悪いことでもやったの?」ナウルが問う。
「どんな事したらなるんだよ。」リウスは平静に話そうとしているようだが、ショックを隠しきれないようだ。「あーあ、入信者程度じゃ神殿の仕事で食べていけないしなあ。」
「家、劇団でしょ、そこで働けばいいじゃない。」リウスが明るく返す。
「だめだよ、神官位も無い役者なんて端役でしか使ってくれないよ。」
「それもそうね。」正直に答える。
「うわー、親父に言うのが恥ずかしいよ…。」頭をかかえるリウス。

「よぉ、リウス、神官試験どうだった?」小太りの男が薄ら笑いを浮かべながら近寄ってくる。
「なんだよ、ジェリド、関係ないだろあっちいけよ。」手で追い払う仕草。ジェリドはなにかと絡んで来て好きになれない。
「へっへ、冷てえな、町から出るんだろ。」
「はぁ!?なにいってるんだ。」
「聞いたぜ、究極の物語を探しにいくんだろ。」下品に笑いながらジェリドは言う。
「何で知ってるんだよ。」まだナウルにしか話していない。「まさか、お前かよ!」
「まあがんばってくれよ、…なぁ、ナウル、こんな奴ほっといて俺と遊ばないか?」
「誰があんたなんかと。」ジェリドが嫌いなのはナウルも同じだった。
「使命変えて欲しかったらオヤジから口聞いてやってもいいぜ。」ジェリドは邪悪な笑みを見せる。「まあ、好きにしろ。」ジェリドはそう言い放つと去っていく。ジェリドは大商会の息子だった。おそらく金を積んで神殿に裏から手を回したのだろう。
「…なんでこんなことするんだよ。」
「ねぇ、ジェリドと喧嘩でもしてるの?」ナウルは心配そうに言った。
「知らないよ、いつもあいつがちょっかい出して来るんだ。」
本当は原因をリウスは知っている。リウスとナウルが一緒につるんでいるのが気に食わないのだ。
「覚えはないよ…。」心底解らないといった風を装うリウスだった。
突然地面が揺れる。
「なに!地震?」ナウルが膝をつく。
そして空が輝いた。
港の方に巨大な光の柱が立っていた。

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